2週間前に、このペースなら今頃は感染者が2万人を超えているはずだと書いたが、幸いにして外れた。
感染者が倍になるのにかかる日数はあれから徐々に伸びてまた2週間程度に戻ってきている。
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そもそも感染者をちゃんと拾えているのかという問題はあるので、ある程度割り引いて考えないといけないのだが、厚生省の統計を見ると検査数自体は増えていっているので、
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検査数を絞ってその結果統計に表れる感染者数が減っているのだというわけではないのだろう。
この調子で行ってほしいものだ。
タイトルの箱庭のというのは現実じゃなくて仮想の環境のという意味なのだが、今回は前回のシミュレーションとは違う箱庭の話をしたい。実験経済学や行動経済学と呼ばれる分野の話だ。
社会的ジレンマという言葉をご存じだろうか。世の中にはみんなが協力すれば全員幸せになれるが、それがなかなか実現しない状況というのがある。
今回のコロナの外出自粛要請などはそれにあたるだろう。
皆が自粛すれば感染は収束して皆にとってハッピーな状態になる。逆に外出を続ければすべての人が命の危険というリスクを多少なりとも負うことになる。
社会的には全員が自粛するのがベストだ。だが個人レベルでは違う。
もしほかの人たちが我慢して自宅にいるなら、外を出歩くのは実はお得な選択だ。閉じこもる我慢をしなくていいし、感染のリスクもない。
そう思って一人が外を歩く。すると別の誰かも考える。外を歩くのが1人から2人に増えたってリスクはほとんど変わらない。自分が我慢する理由なんてあるだろうか。
こうして外を出歩く人が増えると、もう自宅にとどまる理由はなくなる。我慢して自宅にいても、出歩く人たちのせいで社会全体の感染のリスクは全然減らない。閉じこもって収入の機会を失っている分だけ損になるのだ。
こうして自粛要請は有名無実化する。
こういう社会的ジレンマは様々な例がある。環境汚染の問題などは典型的な例だ。
もっと身近な例ならばチームで仕事の成果を共有するようなときがそれにあたる。他の人の努力に甘えようとする奴が結局一番得になってしまうと、全員がやる気を失い、成果が上がらない。
ゲーム理論はこのような社会的ジレンマの状況では社会的協調は必ずや破綻すると予言する。
まあしかし現実にはそうした状況で自発的に協力する人は結構いる。そこにはモラルや人間関係といった目先の損得だけでない要因が絡んでくる。
ならばモラルや人間関係に縛られない状況を仮想的に作れば、人間の行動の本質をあぶりだせるかもしれない。
そのうえでどういう要素が協力を引き出すのか条件をコントロールすれば明らかになるかもしれない。
そういう実験が心理学や経済学の分野で数多く行われている。
実験の内容は簡単で、被験者に集まってもらい、PCのネットワーク上で匿名のままゲームをしてもらう。ゲームでは数名が一組になる。皆が2種類のカードを持たされて(例えば〇と◇)どちらを出すかを決めるように言われる。
全員が〇を出せば全員が100円もらえる。
全員が◇なら全員50円だ。
他の人が〇を出しているときにある人が◇を出したら、◇を出した人は150円、〇の人は10円もらえる。
この〇が自粛要請に応じることで、◇が無視することだというのはお分かりいただけると思う。全員が〇を出せば明らかに全員◇よりよい状況になる。
しかし他の人達が〇を出すかもしれない状況なら、◇を出したほうがずっとお得だ。そして他の人達が◇を出すかもしれない状況なら、◇を出さないとひどい目に合う。
つまりこのゲームのルールは◇を出して他の人を裏切るように誘導している。この条件で実際にゲームをしてもらうとどうなるか。
(ちなみにこういう実験ではプレイヤーがゲームで稼いだ金額を実際に謝金として払う。お金がかかっていないと真面目にやらないかもしれないからだ。)
世界中の様々な国でこの実験は行われている。被験者は大学生が多いが、社会人を対象にしたものもある。金額もいろいろなバリエーションがあるのだが、結果は大体は似ていて、半分かそれ以上の人が〇のカードを切る。
ただし、10回同じゲームを繰り返すと、〇を出す人の割合はどんどん減ってゆく。
〇を出して割を食った人は、段々あきらめて◇を出すようになるのだ。
(…今回長いなあ!普段なら長くなると項を分けるのだが、今回このまま続けます。)
さてそうした研究の中で明確になってきたのが、人の行動パターンだ。人がどの状況でどう行動するかを、厳密な管理のもとで検証する地道な研究の積み重ねで、およそ人間というのはざっくり言って
1)他の人が協力するなら協力する、条件付き協力者
が大多数で、全体の半分かそれ以上
2)何があっても協力しない、他者の努力へのただ乗り狙い(フリーライダー)
が3割くらい
いるということが分かってきた。残りは両者の中間に位置したり、分類が難しいパターンを示す人だ。
2)のただ乗り狙いの人は、他の人が協力して〇を出しているからと言って、
「あ、じゃあ自分も次は〇にするか」
とならない。ある種の信念を感じるレベルで◇を出し続ける。
その存在によって、自分が割りをを食うということを理解した条件付き協力者はやがて協力するのをあきらめてしまう。
必ず現れるフリーライダーを何とかする方法はないか。これも実験で確かめられている。
もっとも簡単なのはただ乗り狙いの行動をしたものに罰(得点の棒引き)を与えることだ。これをやると劇的に改善する。
それよりもマイルドな方法としてプレイヤー同士で会話をさせるというのがある。非対面のチャットで人間関係がそこから生まれないと分かっていても、会話があると裏切りは減る。
これも世界中で同様の実験がされていて、結果はどこでも大体同じだ。
さて、こういう研究を知っているので私は昨今の自粛要請の効果に懐疑的だった。実験室で〇を出す人の割合は日本の研究結果でもさして変わらない。むしろ欧米よりもやや悪いくらいだ。それに加えて現実世界では協力する気があっても仕事の都合で外出自粛が不可能な人も多い。
協力しないであろう3割をかなり確実に抑えつける罰金つきの規制は日本の社会では法改正の高い壁が立ちはだかる。
会話も効果は期待できない。そもそも協力しない人は協力しない人同士で普段会話しているだろう。そこから社会的な責任を自覚するのも難しい。
日本人特有の同調圧力に期待するにしても、8割減とか、無理でしょ。
そう思っていた。
しかし主要駅の人出のデータの報道を見ると、実際には私が思っていたよりも状況は良いようだ。(コロナに限らず、株価からヤマトのストーリー展開まで、私の予想は当たらないのだ…)
ただパチンコ店の報道にも表れているように、限界はある。
中途半端に感染者は出つつ、経済は止まったままという状況が長く続くのは避けたいところなのだが、どうにも予断は許さない。
現状の人の善意にあてにしたやり方は限界がある。それ以上となると政府の強権が必要だが、やたらそれを与えていいと言えるほど信用できる政府でもない。
このビミョーなジレンマの中での落としどころを探さなくてはいけないのが日本人の置かれている状況なのだ。
*今回の話は実際の研究をかなり簡約化して説明している。厳密な話は
ここやそこからたどれる研究を見てほしい。